コンテンツ
- ■ 世界の山林火災は“異常気象由来”になってきている
- ■ 一件の山火事がもたらすCO₂排出量は?
- ■ 我々の努力は“無意味”なのか?
- ■ 理由①:山火事が排出するCO₂も“人為的要因”に由来している
- ■ 理由②:削減努力がなければ、火災によるCO₂もさらに増える
- ■ 理由③:「チマチマ」こそが累積効果を持つ
- ■ 理由④:CO₂だけが問題ではない
- ■ まとめ:山火事は脅威、だが行動をやめる理由にはならない
- 「燃やさない工夫」が最大のCO₂削減
- ■ なぜ「防火」はCO₂対策と直結しているのか?
- ■ 対策①:古典的かつ有効な「防火帯」整備の再評価
- ■ 対策②:迎え火(バックファイア)という“火で火を制す”戦術
- ■ 対策③:AI・衛星・ドローンによる“事前監視型”の火災管理
- ■ 対策④:計画的燃焼(Prescribed Burning)で“燃えない山”をつくる
- ■ 対策⑤:「山を持つ人」と「山に関わる人」を増やす
- ■ 火災とCO₂の“計算式”を見直すとき
- ■ 終わりに:CO₂削減の主戦場は「都市」から「森林」へ
――地道な取り組みと“山火事CO₂”の現実的インパクトを考える
地球温暖化への対策として、世界中の人々が二酸化炭素(CO₂)排出の削減に取り組んでいる。日本でも、家庭レベルの節電やエコカーの導入、脱プラスチック運動など、あらゆる取り組みが行われている。
だが、ふと疑問に思う瞬間がある。
「我々がせっせとCO₂削減に取り組んでいても、
山火事が起きたら、一発で台無しになるんじゃないか?」
この疑問は、実は多くの人が一度は抱いたことのあるものだろう。日々の努力が、気候変動によって引き起こされる**「突発的なCO₂の大放出」**によって、まるで帳消しになるかのような気がする。山林火災のような「一瞬の出来事」が、1年かけて削減してきた排出量を一発で上回る――そんな話を耳にしたことがある人も多いはずだ。
このページでは、「山林火災によるCO₂排出」と「日常的なCO₂削減努力」のバランス、そしてそれでもなお私たちが取り組む意義について考察していく。
■ 世界の山林火災は“異常気象由来”になってきている
ここ数年、世界各地で“これまでにない規模”の山林火災が報じられている。
- カリフォルニア州では、過去最大級の山火事が2020〜2023年にかけて続発し、数百万エーカーの森林が焼失。
- **オーストラリアのブラックサマー(2019-2020)**では、1億トン以上のCO₂が排出されたと推定。
- カナダでは2023年に観測史上最悪の火災シーズンとなり、全土で約1800万ヘクタール以上の森林が焼失。
- 日本国内でも、大船渡・岡山・愛媛など、例年にない規模の山火事が報道されている。
そしてこれらの山火事は、「誰かの放火」ではなく、異常気象に起因する落雷や乾燥、高温による自然発火が主因とされている。言い換えれば、温暖化の帰結としての“火災”が、さらに温暖化を加速しているという悪循環に私たちは突入しているのだ。
■ 一件の山火事がもたらすCO₂排出量は?
では、山林火災によって実際にどのくらいのCO₂が排出されるのか。
以下にいくつかの事例を紹介する:
◇ 例1:カリフォルニア州・ディクシー火災(2021年)
- 焼失面積:約390,000ヘクタール
- 推定排出量:約20〜30メガトンのCO₂(=2000〜3000万トン)
これは、日本の全家庭の年間排出量の約10分の1に相当する規模だ。
◇ 例2:オーストラリア大火災(2019-2020)
- 焼失面積:約1800万ヘクタール
- 推定排出量:約400メガトン(=4億トン)のCO₂
- オーストラリアの年間総排出量を上回るとされる
このように、たった数カ月の山林火災で、一国が数年かけて削減するCO₂量が帳消しになることもあるのだ。
■ 我々の努力は“無意味”なのか?
こうした数値を前にすると、「毎日レジ袋を断っても意味がないのでは?」と思えてくる。しかし、果たして本当にそうだろうか?
たしかに、山林火災のような突発的大災害は、CO₂排出という観点では“超大型の逆風”となる。だが、それをもって日常のCO₂削減努力が「無意味」と言い切るのは早計である。以下にその理由を整理しよう。
■ 理由①:山火事が排出するCO₂も“人為的要因”に由来している
一見、山林火災は「自然現象」のように思えるが、実際にはその多くが人類が引き起こした気候変動によるものとされている。たとえば:
- 温暖化による降水量の減少=山林の乾燥化
- 平均気温の上昇=発火温度への到達が早まる
- 異常気象=強風による延焼スピードの加速
つまり、「自然災害」と「人為的要因」は決して別物ではない。日常的なCO₂削減の取り組みは、**将来的な山火事の発生確率を下げるための“長期的防火帯”**とも言えるのだ。
■ 理由②:削減努力がなければ、火災によるCO₂もさらに増える
仮に世界中の個人・企業・国がCO₂削減に背を向けたとしよう。結果として気温上昇が加速すれば、山火事の発生頻度も、規模も、燃焼スピードもさらに増すことは想像に難くない。
つまり、「どうせ焼けるなら意味がない」ではなく、
「削減しなければ、もっと焼ける」
という現実の方がはるかに恐ろしい。
■ 理由③:「チマチマ」こそが累積効果を持つ
レジ袋削減や電気自動車の使用、節電、再エネ導入といった個別の行動は、1人1人が見ると小さいかもしれない。しかし、これらは確実に年間数億トン単位のCO₂削減をもたらしている。
たとえば:
- 日本の家庭部門のCO₂排出量(2021年):約1億9千万トン
- 再生可能エネルギー導入による年間削減量:約1億トン超
- 世界的なEV化による累積削減効果は数年で数十億トンとも言われている
これらがなければ、山火事以上のCO₂増加が起きていた可能性は十分ある。
■ 理由④:CO₂だけが問題ではない
CO₂はあくまで温暖化の“指標”の一つであり、実際には以下のような環境・健康・社会面の恩恵もある:
- エコ生活=エネルギーコストの削減
- 脱炭素技術=新産業の創出(例:グリーン水素、バイオ炭)
- 空気の質改善=呼吸器疾患の予防
- 自然保護=生物多様性の維持
つまり、CO₂削減とは“地球環境を守る”ための総合的なプロセスであり、「排出量の大小」で測り切れない価値がある。
■ まとめ:山火事は脅威、だが行動をやめる理由にはならない
異常気象によって引き起こされる山林火災は、確かにCO₂削減にとって巨大な逆風であり、「やっても無駄」と感じさせる出来事である。しかし、実際にはその火災こそが、日常的なCO₂削減の重要性を裏付けている。
- “山火事=気候変動の結果”であるならば
- “CO₂削減=山火事を減らすための根本対策”でもある
つまり、今、私たちがチマチマと行っている取り組みこそが、未来の火災を未然に防ぎ、気候の暴走を抑制する唯一の手段なのだ。
「燃やさない工夫」が最大のCO₂削減
――山林火災と戦う、テクノロジーと知恵の最前線
「火災が起きれば、私たちのCO₂削減努力は一瞬で帳消しになる」
前章ではそんな疑問を起点に、異常気象と山林火災の悪循環、そしてCO₂削減が依然として重要である理由を説明した。だが、現実にはすでに多くの地域で山火事が多発しており、その排出量は決して無視できるものではない。
そこで今回は、「では山火事をどう防ぐのか?」「火災によるCO₂排出をどう抑えるか?」という実務的な観点に立ち、山林火災対策の最前線と、そこから見えるCO₂管理のリアリティに迫っていく。
■ なぜ「防火」はCO₂対策と直結しているのか?
まず大前提として、山林火災によるCO₂排出は自然由来ではあるものの、人為的に抑制可能な部類の排出源である。これは非常に重要なポイントだ。
森林が燃えると、樹木内に蓄積された炭素が一気に放出される。さらに、土壌の表層に蓄積された炭素や、枯れ葉・下草なども完全に酸化してCO₂として大気中へ。大規模火災では、それだけで国家レベルの年間排出量を上回ることすらある。
したがって、山火事を防ぐこと=CO₂排出の“爆発的放出”を防ぐこととイコールであり、山林火災対策はれっきとした脱炭素政策である。
■ 対策①:古典的かつ有効な「防火帯」整備の再評価
山林火災対策の中で、最もシンプルかつ効果的な方法が**「防火帯(firebreak)」の設置**だ。
◇ 防火帯とは?
防火帯とは、森林の一部を意図的に伐採・草刈りして燃えにくい空間を作り、火の進行を食い止める手法である。燃料(可燃物)がないエリアを確保することで、火の連続性を断ち切る。
- 土地幅:30~50メートルが一般的(風速や樹種により変化)
- 方法:重機による伐採、人力での下草除去、牧草地・道路・鉄道などの活用
- 効果:火災の拡大防止、消火活動の安全地帯の確保
日本でも国有林・市町村林では一部整備されているが、人手・予算・意識不足によりメンテナンスが追いついていない地域が多い。特に私有林ではほぼ整備されていないのが現状だ。
実は「林道そのもの」が防火帯の役割を果たしていることも多く、林業インフラの整備と一体的に進めることがCO₂対策にも直結する。
■ 対策②:迎え火(バックファイア)という“火で火を制す”戦術
次に注目すべきは、やや大胆ながら国際的には常識となっている**バックファイア(迎え火)**の導入だ。
◇ 迎え火とは?
バックファイアとは、山火事の進行方向にあらかじめ“制御された火”を入れ、先に可燃物を燃やしてしまうことで、主火とぶつけて延焼を止める技術。火災が来る前に「燃えるものを減らす」ため、進行を自然に封じることができる。
- 活用国:アメリカ、オーストラリア、カナダなど
- メリット:制御ができれば非常に効果的かつ低コスト
- デメリット:失敗時のリスク(逆に延焼する可能性)・法的制約
日本ではあまり一般化されていないが、近年の山火事の激甚化を受けて、一部自治体や林野庁も研究を進めている。ただし、実施には技術研修・保険制度・責任の所在など、制度面の整備が不可欠だ。
■ 対策③:AI・衛星・ドローンによる“事前監視型”の火災管理
技術の進歩により、近年は「燃えたあと」ではなく「燃える前に察知・予測する」ための手段が急速に拡充している。
◇ ドローンによる火点監視
熱感知センサーや赤外線カメラを搭載したドローンは、地上では見えない初期火災の兆候(熱異常、煙)を発見可能。森林内の見回りを大幅に効率化し、迅速な通報につなげる。
- リアルタイム監視
- 火災エリアのマッピング
- 消火作戦の立案支援(地形・風向・逃げ道の把握)
民間でも導入が進んでおり、地元消防団・市民団体と連携する事例も増えている。
◇ AIによる火災リスク予測
AI技術は、気温・湿度・風速・植生データなどをもとに、「どこで火災が起きやすいか」をマップ化するシステムの開発にも貢献している。
- 例:アメリカの「Firedetection.ai」
- 衛星データや気象データを学習し、火災発生予測マップを自治体に提供
- 高リスク地域への重点的監視・防火帯整備の計画に活用
こうした技術は、将来的には保険業界、森林管理計画、防災教育などにも応用されていく見込みだ。
■ 対策④:計画的燃焼(Prescribed Burning)で“燃えない山”をつくる
極めて効果的だが、日本ではまだ認知度が低い手法に、**「計画的焼却(プレスクライブド・バーン)」**がある。
これは、山火事シーズン前の安全な時期に、森林内の落ち葉・枯れ木・下草をあえて燃やすことで、後の山火事の燃料を減らしておく方法。これはオーストラリアやカリフォルニアで主流の予防手段だ。
- 山の“燃料”を計画的に除去
- 土壌に炭素を還元する「バイオ炭」として有効活用も可能
- 実施には天候・風向き・住民理解が必須
実際、これを実施した地域では大規模山火事のリスクが3〜7割低下したという研究もある。CO₂排出そのものをコントロールするという意味では、極めて理にかなった手法だ。
■ 対策⑤:「山を持つ人」と「山に関わる人」を増やす
テクノロジーの進化は心強いが、それでも最終的には人の手と知恵が不可欠だ。
特に日本では:
- 森林所有者の多くが高齢化・不在地主
- 私有林の6割以上が「放置林」状態
- 手入れされないことで“火薬庫”のような山が増加中
つまり、「山火事が起きる前に燃料(可燃物)を管理できる人」が極端に減っているのだ。
◇ 解決策として:
- 森林ボランティアの育成・普及
- 地域の若者を対象にした“山の仕事”体験プログラム
- 木材利用促進による“伐ることの価値”の見直し
- シティフォレスター(都市型林業者)の育成
このような社会的アプローチこそが、CO₂排出の根本的な抑止につながる。
「火を防ぐために人を戻す」――これはある意味、最大のCO₂削減施策なのだ。
■ 火災とCO₂の“計算式”を見直すとき
従来のCO₂削減といえば、工場や車、発電所からの排出を減らすことばかりに注目が集まってきた。だが、これからは**「自然由来のCO₂排出をどう防ぐか」**という観点も、気候対策の柱に加えるべきだ。
- 自然災害も“人が防げる排出源”になってきている
- 山を燃やさないことが最大のカーボン・オフセット
- **火災予測・森林管理こそが「脱炭素の第一線」**に
私たちが思う以上に、「山火事とCO₂」は密接な関係にあり、そこには技術革新と人間の知恵の共存によって大きな可能性が広がっている。
■ 終わりに:CO₂削減の主戦場は「都市」から「森林」へ
我々の身近なCO₂削減努力――マイバッグ持参、エアコンの設定温度、エコカーの選択――は、もちろん意義ある行動だ。しかし、それだけでは“森が燃える現実”に追いつかない。
だからこそ今、都市生活者もまた「森の未来」に責任を持つ時代が来ている。
次回(第3ページ)では、山火事によるCO₂排出をオフセットする「森の経済的価値」やカーボンクレジットの可能性について掘り下げていく予定です。
ご希望があれば、続編もお届けいたします。お気軽にお申しつけください。