大船渡の山林火災で排出されたCO₂はどれくらい?

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― 火災と地球温暖化をつなぐ「見えない代償」に迫る

2025年2月末、岩手県大船渡市で発生した山林火災は、同地域史上最大規模の森林被害をもたらしました。ニュースで報道された火災の規模は、およそ2,600ヘクタール(26平方キロメートル)。鎮火までに数日を要し、住宅被害こそ大きくはなかったものの、その背後では重大な環境的影響が静かに広がっていました。

それが、「二酸化炭素(CO₂)の大量排出」です。

火災で木々や植物が燃えると、それまで蓄えていた炭素が一気に放出され、大気中にCO₂として広がります。この“見えない副作用”が、地球温暖化を進行させる原因の一つとされているのです。では、今回の火災で実際にどのくらいのCO₂が排出されたのでしょうか?その規模感と背景を、順を追って見ていきましょう。


■ そもそも、森林はなぜCO₂を吸収するのか?

まず大前提として、森林は「炭素を吸収してくれる存在」、つまり**“カーボンシンク(carbon sink)”**として知られています。木は成長する過程で光合成を行い、大気中のCO₂を吸収して幹や枝、根に“固定”します。このため、森が健全である限り、その存在自体が地球温暖化対策になっているのです。

ところが、森林が火災で焼失すればどうなるか――
燃焼によって、固定されていた炭素が一気にCO₂として空気中へ戻ってしまいます。これが、森林火災=温暖化の加速装置とされるゆえんです。


■ CO₂排出量の計算方法は?

森林火災によるCO₂排出量の計算は、以下の要素に基づいて推定されます。

  1. 焼失面積(ヘクタール)
  2. 燃焼したバイオマスの量(主に木や下草)
  3. 乾燥状態や樹種
  4. 燃焼効率(すべてが燃えるわけではない)
  5. 炭素含有率(木材1kgあたりの炭素量)

日本の森林火災の場合、環境省などが用いる一般的な基準では、1ヘクタールの森林が燃えると、約100~200トンのCO₂が排出されるとされています。これには、森林の種類や季節(湿度)などの条件によって若干の違いが出ます。


■ 大船渡の火災で排出されたCO₂は?

報道によると、大船渡市の火災では約2,600ヘクタールが焼失しました。仮に中間値として「1ヘクタールあたり110トンのCO₂が排出された」と仮定すると、

2,600 ha × 110トン = 約28万6,000トンのCO₂

という計算になります。

この数字を日常的なスケールに換算してみましょう。


■ 28万トンのCO₂とは、どれほどの規模か?

◇ 一般家庭の排出量との比較

環境省の推計によると、日本の一般家庭(4人家族)1世帯が1年間に排出するCO₂は約4.6トンです。これを用いると、

28万トン ÷ 4.6トン ≒ 約6万1,956世帯分の年間排出量

つまり、大船渡の森林火災ひとつで、中規模都市1年分の家庭CO₂排出に相当する量が、わずか数日で一気に放出されたことになります。

◇ 自動車で例えると?

自動車1台(ガソリン車)が1年間で排出するCO₂は約2.4トンです。つまり、

28万トン ÷ 2.4トン ≒ 約11万6,666台分の年間排出量

となり、11万台以上の車を1年間走らせたのと同等のCO₂が、この1件の火災で空中に解き放たれたのです。


■ 森林火災は「炭素吸収源の喪失」も意味する

さらに忘れてはならないのが、**CO₂の「排出」だけでなく、「吸収能力の喪失」**というもう一つの側面です。

森林は本来、毎年一定量のCO₂を吸収し続ける「緑のエアフィルター」のような存在です。日本の天然林では、1ヘクタールあたり年間4~6トンのCO₂を吸収しているとされます。仮に5トンで計算すると、

2,600 ha × 5トン = 13,000トン/年のCO₂吸収能力が失われた

これは、今後数十年にわたって失われ続ける可能性がある「未来の炭素吸収量」です。

つまり、火災が一度起これば、

  • 燃えてCO₂を出す(即時の排出)
  • 焼けた森はしばらくCO₂を吸わない(長期的な吸収停止)

というダブルパンチを食らうことになるのです。


■ 森林火災と温暖化の「負の連鎖」

地球温暖化によって気温が上がり、乾燥した季節が増えれば、それだけ森林火災が起きやすくなります。火災が起こればCO₂が増え、温暖化が進み、また火災リスクが上がる――こうした**「負のフィードバックループ」**が現実となりつつあります。

今回の大船渡の火災も、冬とはいえ異例の乾燥と強風が重なったことが、火の勢いを助長した原因の一つと考えられています。地元消防によると、「落ち葉と下草が乾ききっており、火が地面を這うように一気に広がった」という証言もあり、気象条件との関連性は無視できません。


■ おわりに

大船渡で発生した山林火災は、直接的な人的・物的被害こそ限定的でしたが、見えないところで地球環境に重大なダメージを与えていました。推定28万トン以上のCO₂が一気に排出され、それに加えて今後失われる炭素吸収量も考慮すれば、その影響は計り知れません。

私たちがこの火災から学ぶべきは、森林火災が単なる「山が燃えた」という局所的な出来事ではなく、地球全体に波及する環境問題であるということ。そして、今後ますます気候変動が進む中、こうした火災が増えるリスクは高まっています。


森林火災とCO₂排出量――「大船渡の火災」は何を示唆するか

2025年2月下旬に発生した大船渡市の大規模山林火災。およそ2,600ヘクタールが焼失し、推定で約71万5,000トンのCO₂が排出されたとされるこの災害は、日本における森林火災の警鐘であるだけでなく、気候変動と地球環境への警告とも言える。本章では、CO₂排出の意味、森林の炭素循環、さらには温暖化との因果関係、そして未来の対策へと話を進めていく。


◆「71万トンのCO₂」はどのくらいのインパクトか?

この排出量は果たして大きいのだろうか?他のCO₂排出源と比較してみよう。

  • 一般的な日本人1人あたりの年間CO₂排出量は約8トン(環境省データ)
  • 大船渡の山林火災で排出されたCO₂(約71万トン)は、約9万人の年間排出量に相当

これは中規模都市の1年分の排出量が、たった数日で空中に放出されたことを意味する。しかもこれは、再吸収がすぐに行われるわけではない。焼失した森林が回復するまでには、数十年の年月が必要であり、その間は吸収源としての機能を失ったままである。

加えて、山火事は単なるCO₂排出源ではない。燃焼時に放出されるのはCO₂だけではなく、一酸化炭素(CO)窒素酸化物(NOₓ)PM2.5といった健康リスクの高い汚染物質もある。これらは大気汚染の原因となり、呼吸器疾患や心疾患の増加といった形で人々の健康にも直接影響を及ぼす。


◆ 森林火災は「原因」か「結果」か?――温暖化との悪循環

大船渡の山火事を含む近年の一連の山林火災は、単なる偶発的な自然災害とは言い切れない側面を持っている。気温上昇、湿度の低下、強風の増加といった「火災を助長する環境」が常態化していることが、背景にある。

実際、国際気象機関(WMO)やIPCCの報告書でも、地球温暖化の進行によって森林火災の頻度・規模・期間がすべて増加傾向にあることが明言されている。

つまり、温暖化が進めば森林火災が増え、森林火災がCO₂を大量に排出すれば、さらに温暖化が進行する――この悪循環のスパイラルが現実のものとなっている。

特に注目すべきは、今回のような「同時多発」型の山林火災が世界各地で報告されている点だ。日本だけでなく、同じ時期にカリフォルニアや韓国南部でも大規模な火災が発生していた。これが単なる偶然だとは、もはや言えない段階にきている。


◆ カーボンマネジメントの観点から見る山火事

近年、世界中で「カーボン・オフセット」「カーボン・クレジット」「炭素吸収源」といった言葉が重要視されている。各国や企業が、温室効果ガス排出量をゼロに近づけようとする中で、森林は「吸収源」として極めて重要な役割を担っている。

だがその一方で、森林そのものが突如として巨大な「排出源」に転じてしまうリスクがあることは、これまであまり深く語られてこなかった。大船渡の火災のような事例は、まさにその象徴だ。

しかも、日本では森林吸収量が温室効果ガス削減の計算に組み込まれている。たとえば、2030年までに温室効果ガス46%削減という目標を達成するためには、年々の森林の吸収力が確実に維持・増強される前提がある。しかし、現実には森林火災でその吸収力が大きく失われている。

そのため今後の日本政府や地方自治体には、以下のような「森林火災リスクを織り込んだCO₂管理」が求められていくだろう。

  • 森林吸収量の現実的な再計算
  • 火災リスクの高い地域の特定と予防計画の策定
  • 炭素ストックとしての森林保全の強化

◆ 何ができるのか?――未来への4つの提言

山林火災のCO₂排出問題は、単に自然災害の1つとして片付けられない。私たちの生活、経済、そして地球環境に深く関わる問題だ。以下に、今後の対策として有効と思われる4つの提言を示す。

予防型の森林管理へ転換する

山火事は発生してから鎮火するまでに莫大なコストがかかる。防災費用よりも、復旧費用の方が圧倒的に高い。これは都市災害と同様に、山林においても「予防に勝る対策はない」という事実を意味する。

具体的には:

  • 火災リスクの高いエリアの「防火帯」整備
  • 下草や枯木の定期的な除去
  • 民間所有森林の管理支援制度の強化

早期警戒と監視技術の導入

  • ドローンによる山間部の監視
  • 衛星による熱源検出とアラートシステムの構築
  • AIによる山火事リスク予測とモデル化

これらの技術はすでに実用化されており、予算と意志があれば導入は十分可能だ。

CO₂排出との連動シミュレーションの導入

森林火災の発生がCO₂の実質排出量にどの程度影響するかをリアルタイムで把握する仕組みを整える必要がある。これにより、政策決定者は「今燃えている山の火を止めるべきか」「自然鎮火を待つか」といった判断をより合理的に行えるようになる。

市民参加型の森林防災プログラム

消防団や自治体職員に頼るだけではなく、市民や学生が関わる形での「里山防災活動」が全国で求められている。森林を「地域の共有財産」と捉え、日常からの関わりがリスクの軽減につながる。


◆ 結語:山林火災は、気候変動時代の「炭素爆弾」

大船渡の山林火災が排出した推定71万トンのCO₂は、もはや「ローカルな出来事」ではない。世界中の気温、気流、そして炭素循環に影響する「地球規模の炭素爆弾」と言っても過言ではない。

私たちは今、山火事のたびに「燃えた面積」や「被災者数」だけでなく、「どれだけのCO₂が排出されたか」「どれだけの吸収力が失われたか」といった視点を持つ必要がある。CO₂は目に見えないが、確実に私たちの未来に影を落としている。

次のページでは、実際に森林火災のCO₂排出を「ゼロ化」するための再生プロジェクト――植林活動や炭素取引との連動など――について考察していく予定だ。

作成者: 新子 武史

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